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建設業の現場で働く職人や一人親方の方々の中には、「労災保険」と「雇用保険」の違いを正確に理解していない方が少なくありません。どちらも「労働保険」と総称される制度に含まれていますが、その目的や対象範囲はまったく異なります。この記事では、現場での実務に即して、両者の違いと注意点をわかりやすく整理します。
労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者が「仕事中」または「通勤途中」に負傷・疾病・障害・死亡した場合に、その損害を国が補償する制度です。建設現場のように危険を伴う作業では、転落・転倒・重機との接触などの事故が起こりやすく、労災保険の意義は非常に大きいものがあります。
たとえば、高所作業中の墜落事故や鉄骨の下敷きによる負傷などは典型的な労災事案です。労災保険はこうした事故に対して、治療費(療養補償給付)、休業中の所得補償(休業補償給付)、後遺障害への補償(障害補償給付)など、幅広い給付を行います。
労災保険の費用は、全額事業主負担です。労働者からの天引きはありません。この点も雇用保険と大きく異なります。
一方、雇用保険は「失業したときの生活保障」や「再就職支援」を目的とした制度です。労働者が仕事を失った際に、一定の要件を満たしていれば失業給付を受け取ることができます。また、育児休業給付金や教育訓練給付など、就業継続やスキルアップを支援する制度も含まれています。
雇用保険の保険料は、労働者と事業主の双方で負担します。給与から天引きされる「雇用保険料」はこのためのものです。建設現場の職人が「保険料を払っているのに労災に入っていない」と誤解するケースがあるのは、この点を混同しているためです。
労災保険と雇用保険の最も大きな違いの一つは、「対象となる人」の範囲です。
労災保険は「労働者」が対象ですが、建設業の場合は例外的に「一人親方」や「中小事業主」も特別加入することができます。これは、元請や発注者から独立して請負で働いている人でも、現場でのケガに備える必要があるためです。特別加入することで、通常の労働者と同様の補償を受けることが可能になります。
一方、雇用保険は「雇用契約に基づき働く労働者」が対象であり、一人親方や個人事業主は加入できません。したがって、請負契約で働く職人が失業した場合でも、雇用保険の失業給付は受けられない点に注意が必要です。
両保険の目的が異なるため、給付内容も全く違います。
| 比較項目 | 労災保険 | 雇用保険 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 業務・通勤中の災害補償 | 離職後の生活保障・再就職支援 |
| 給付の内容 | 療養補償・休業補償・障害補償・遺族補償など | 基本手当・再就職手当・育児休業給付など |
| 費用負担 | 全額事業主負担 | 事業主・労働者の双方が負担 |
| 対象者 | 労働者(特別加入で一人親方も可) | 雇用されている労働者のみ |
| 管轄 | 厚生労働省・労働基準監督署 | 厚生労働省・ハローワーク |
特に建設業では、現場でのケガや事故が発生しやすく、まず重視すべきは「労災補償」です。雇用保険は、労働契約が存在し、雇用関係の継続や離職が発生する場合に有効となる制度であり、目的が明確に分かれています。
実務上よく見られる誤解として、「ケガをしたら健康保険証で病院に行けばいい」「雇用保険に入っているから労災にも入っている」というものがあります。これらはいずれも誤りです。労災での負傷を健康保険で受診することは原則としてできません。健康保険は私的な生活中のケガや病気を対象としており、仕事中の事故は「労災扱い」としなければなりません。
また、雇用保険に加入しているからといって労災保険が自動的に適用されるわけでもありません。両者は制度上完全に別であり、事業主が「労災保険関係成立届」を提出しているかどうかが重要です。下請や個人事業主の場合、自身で特別加入していないと補償が受けられないため注意が必要です。
建設現場では、元請会社が下請・一人親方に対して「労災保険加入証明書」の提出を求めるケースが増えています。これは、現場で事故が発生した際に、補償の有無や責任の所在を明確にするためです。もし一人親方が未加入のまま事故を起こした場合、元請側に損害賠償請求が及ぶリスクもあるため、加入確認は現場管理の一環として厳格化されています。
社労士として現場の相談を受けていると、「加入しなくても元請が何とかしてくれるだろう」と考えている一人親方の方がいまだに少なくありません。しかし、法的には労災補償は自己加入が原則であり、未加入の場合には治療費・休業補償が全額自己負担となるおそれがあります。特別加入は自分の身を守るだけでなく、元請との信頼関係を保つためにも必須といえます。
建設業界において、労災・雇用保険の区別を正しく理解している方は意外に少ないのが実情です。実務上、「うちは雇用保険に入ってるから大丈夫」という言葉を聞くことがよくありますが、その安心感は誤解に基づくものです。
私の経験上、事故が起きてから「実は労災に入っていなかった」と判明するケースが最も深刻です。現場で働く方々は、自分が「労働者」としての立場なのか、「請負業者(=一人親方)」なのかを明確にし、その立場に応じた保険加入を行うことが重要です。社労士としては、事業主・一人親方の双方に制度の正しい理解を促し、トラブルを未然に防ぐ支援を行うことが求められます。
労災保険と雇用保険は、どちらも「労働者を守る制度」ですが、その守り方はまったく異なります。労災保険は「仕事中・通勤中のケガを補償」、雇用保険は「仕事を失った後の生活を支援」する制度です。特に建設業では、危険を伴う現場で働くからこそ、まずは労災補償への備えが最優先です。
現場管理者や元請事業者は、下請や一人親方の労災加入状況を必ず確認し、未加入者を現場に入れない体制を徹底することが安全管理の基本です。社会保険労務士としては、これらの制度が「現場の安全文化」を支える土台であることを、改めて強調したいと思います。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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