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建設業においては、家族経営や親族中心の小規模事業が数多く存在します。特に個人事業主や一人親方として活動している場合、配偶者や子どもが現場や事務作業を手伝うケースは珍しくありません。しかし、家族を「手伝い」として扱うのか、「労働者」として雇用するのかによって、社会保険・労働保険・税務の取り扱いが大きく変わります。ここでは、家族従業者を雇う場合の労務管理上の注意点を、建設業の実情に即して整理します。
「家族従業者」とは、事業主と生計を一にする親族で、同じ事業に従事している者を指します。代表的なのは配偶者や子ども、親などですが、兄弟姉妹や甥姪が含まれることもあります。ここで重要なのは、「生計を一にしているか」「独立した賃金関係があるか」という点です。
たとえば、給与を支払っていても、その支払いが実質的に生活費の一部であり、勤務実態や労働契約があいまいな場合には、法的には「労働者」とみなされない可能性があります。つまり、「働いているように見える」だけでは労働保険や社会保険の適用対象にはならないのです。
建設業では、現場作業に従事する家族従業者がケガを負うリスクがあります。ここで注意が必要なのが、労災保険の適用範囲です。
原則として、事業主と同居の家族従業者は「労働者」とは認められず、通常の労災保険の対象外です。これは「指揮命令関係」が成り立ちにくいからです。つまり、事業主である親が息子に指示して仕事をしても、その関係は雇用契約に基づくものではなく「家族内の協力」と解されるのが一般的です。
ただし、家族従業者であっても「一人親方特別加入制度」に加入することが可能です。建設業では、親族が現場で実質的に作業を行うことが多いため、特別加入を通じて万が一の労災事故に備えておくことが重要です。労働保険事務組合を通じた特別加入手続きにより、家族であっても保険給付を受けられる仕組みを整えることができます。
雇用保険や健康保険・厚生年金保険においても、家族従業者が「労働者」と認められるかどうかが分かれ目となります。
雇用保険の場合、「賃金が明確に支払われている」「勤務時間や労働内容が他の従業員と同等」「指揮命令関係が明確」である場合には、たとえ親族であっても被保険者として扱うことができます。
一方で、実態として「自由に働いている」「出勤日が不定」「給与が生活費的に支払われている」場合には、被保険者として認められないことが多いです。社会保険についても同様で、被保険者資格の認定にあたっては「報酬の実態」「労働時間」「指揮命令関係」の3点を社会保険事務所が厳格に確認します。
実務上は、税務上「専従者給与」として処理している場合には、原則として社会保険・雇用保険の対象外となるケースが多いです。
個人事業主の場合、所得税法上の「専従者給与」を利用して、家族に給与を支払うことができます。これは税務上の仕組みで、労働法上の「労働者」とは異なる概念です。専従者給与を適用すると、事業主の所得からその給与分を経費として控除できますが、その分、支払を受けた家族従業者は労働保険の被保険者にはなれません。
ここで注意すべきは、労災事故の際に補償を受けられないことです。建設現場では家族が一緒に作業することも多いため、「専従者給与にしているから大丈夫」と安心せず、特別加入制度で補償を確保しておく必要があります。
家族従業者を形式的に雇用する場合には、次の点に注意が必要です。
① 雇用契約書を作成すること
親族間であっても、雇用契約書を交わし、職務内容・賃金・勤務時間を明示しておくことが重要です。これにより、指揮命令関係の明確化と、労務トラブル防止につながります。
② 賃金台帳・出勤簿を整備すること
労働者として認められるためには、他の従業員と同様の勤怠・賃金管理が求められます。給与を生活費の一部ではなく「労働の対価」として支払っている証拠を残すことが大切です。
③ 社会保険・労働保険の適用判断を慎重に
「家族だから加入しなくても良い」と誤解している事業主が少なくありませんが、実態によっては適用義務が生じます。特に、常勤で給与が支払われている場合は、労働基準監督署や年金事務所の調査で指摘を受ける可能性があります。
④ 税務・労務の整合性を取ること
税務上の専従者給与と、労務上の雇用契約は別の制度です。両者を混同すると、税務調査や保険調査の際に「架空給与」「不適切加入」とみなされるリスクが生じます。
建設業の現場では、「息子が手伝い中にケガをしたが、労災が使えない」といった事例が後を絶ちません。これは、家族従業者を「労働者」として適切に保険加入していなかったためです。
また、雇用保険未加入のまま失業した際に「なぜ雇用保険が使えないのか」とトラブルになることもあります。これらはいずれも「労働者性」を明確にしておくことで防げる問題です。
社労士として現場を見ていると、家族だからこそ口約束で仕事を任せ、書面や手続きを後回しにしてしまう傾向が強く見られます。しかし、万一の事故や相続・事業承継時には、これが大きなリスクとして表面化します。
家族従業者をめぐる取り扱いは、労働法・社会保険・税法の3つの制度が交錯するため非常に複雑です。建設業では特に、家族が現場に関与する度合いが高く、形式的な区分よりも実態が問われます。
事業主が自らの判断で「家族だから大丈夫」と処理してしまうと、労災補償を受けられない・保険料の追徴を受けるなどの不利益が生じるおそれがあります。したがって、家族従業者の扱いを決める際には、労働保険事務組合や社会保険労務士に事前相談し、最適な加入形態を選択することが重要です。
特に、特別加入制度の適用や、雇用契約の適正化を進めておくことで、家族経営の現場でも安心して事業継続できる環境を整えることができます。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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